少しだけ自己紹介させてください。私はもともとは内科の医者です。京都大学医学部を卒業してから、消化器内科や糖尿病内科の医師をし、日本で最初の禁煙外来を設立しました。その後京都大学付属病院で禁煙外来を担当するかたわら、奈良女子大学の教官になり、2014年からは京都大学大学院医学研究科(医学部)の教官として研究したり教鞭をとっています。禁煙支援のリーダーとしての経歴は、内閣府のHpでも紹介されています。数々のテレビ番組にも出演しました。また医者として阪神淡路大震災、東北大震災、熊本地震などの救援活動にあたりました。が、この経歴の、どこにも「きもの」との接点はありません。
ではどうして「きもの健康学」なのでしょうか。
私の母は着物で過ごすことの多い人でした。画家の母は、選ぶ着物も普通でない(斬新な)ものが多かったように思います。その母の着付けを見たり手伝ったりしているうちに、普段きもので過ごすことはごく普通のこととなっていました。大学時代は京都で過ごしましたが、今と違ってこたつ一つで過ごすような寒い下宿で、大学から帰ったらすぐに着物に着替えて暖をとっていたことを覚えています。つまり、着物はごく身近なものであり、着物を着ることは特別なことではありませんでした。
しかし大学を卒業して医師になると、深夜でも病院から呼び出し電話が掛かってくる生活に突入しました。洋服に着替えて病院に駆けつけるのでは時間がかかってしまいます。一瞬でも早く駆けつけるために、着物は自然と着なくなりました。
2002年に奈良女子大学の教授になりました。夜中の当直業務が無いことと、着物を着用できることの2つが嬉しかったことを覚えています。
さて奈良女子大学の教官になってみると、着物を着用している人は教官にも学生にも皆無。しかも、きものの着用経験がある学生たちからは、「あんなしんどいものはこりごり、からだに悪そう」という反応が返ってきました。キレイな着物を着たいというあこがれはあっても、成人式や卒業式で着用した経験から健康には悪いというイメージを持っていることがわかりました。
日常的に着物を着用している私にとっては、着物は夏涼しく冬暖かく、帯はここちよく、背筋が伸びて動きやすいと、良いことだらけですので、この差に戸惑いました。
ほんとうに着物は健康に悪いのか?さっそくに過去の論文を調べました。そして驚いたことに、着物の健康影響の研究は、1960年を境にほとんど行われていないことと、それまでの古い方法での研究ではほぼすべて、着物は健康に悪いという結論が出されていることがわかりました。
1960年というと、着物が普段着としては着用されなくなった時期です。学校でも「きものは古い、洋服を着ましょう」という教育がなされ、日本中から日常着としてのきものがどんどんと姿を消してゆきました。つまり着物が毎日着用するものから、結婚式など特別な日に着用する特別な衣類とかわっていった時期でした。
日常に着用しないものですから、健康影響を調べる研究もなされなくなったのも理解できますが、それにしても出ている結論が軒並み「健康に悪い」というのは一体どういうことでしょう。着用している一人として、疑問に思い、研究を始めたのが、「きもの健康学」の始まりでした。
研究を重ねた結論は、「きものは健康に良い」ということです。さらに冬場には暖房の節約にもつながります。「冬場のエコは着物から」どうぞ自信をもって着物を着てください。日本中が着物を着ている人であふれる日を夢見ています。