7. きもの着用の心理的影響は?

教科書的には、きものに限らず着衣の健康影響として、以下の4つが挙げられています。

  1. 皮膚の保護 ・・・簡単に傷ついてしまう柔らかい皮膚を外傷から保護する
  2. 体温調節・・・周囲環境の変化に即応し、適切な皮膚温を保つ
  3. 姿勢保持(コルセット・帯など)
  4. 美しさによる心理的健康への寄与

きものの場合には、とくに4の「心理的健康への寄与」つまり着物をきたら気分的にしゃきっとして、心の健康にプラスになる、といったことが言われてきましたが、今までそれを検証した研究はありませんでした。そこで、心理学が専門の東山明子教授(現・大阪商業大学)に協力いただいて、「積極性評価尺度」という35項目からなる質問シートを用いて、きもの(ゆかた)着用経験は、心理学的にはどのような影響を及ぼすのかを調べました。調査対象はゆかたを着用する授業を受けた女子大学生72名で、着用する前と後での変化を調べました。その結果、35項目中16問が大幅に増加し、3問が大幅ではないものの増加傾向にありました。とくに増加が著しかったのが、「自分は積極的だと感じる」「他の人のために働くのは楽しいと思う」「自分は今、活気がある」の項目でした。この35問を7つの領域別に分類して示すと以下のグラフになり、ゆかた着用授業を受けた結果、精神安定度・自信をもつ ・自己効力感が増す・明るくポジティブになる・やる気が増大する・物事にこだわらず,あるがままを受容する・積極的になることが示されました。

積極性評価尺度 各因子

 ここで、「ゆかたを着用する授業」の光景をいくつか紹介しましょう。この授業は、当時著者の高橋裕子が在籍していた国立大学法人奈良女子大学で実施された授業です。2002年に奈良女子大学の教官(保健管理センター教授・共生自然科学大学院教授)に着任したときに、学生にも教官にもきもの着用者がいないことに驚いたのですが、その後学生たちから「自分できものを着用できるようになりたい」という希望が強いことを知り、2008年から「キャリアゼミナール」という教官が自分から発案して実施する授業枠の中で開設したものです。教授会では「きものの着付けなどは、着付け教室か母親から教えてもらうものであって、国立大学の授業にいれるのはいかがなものか」といった反対意見もありましたが、開設してみると受講希望者があっという間に当初予定の80人を超え、受講のためのくじ引きが毎年おこなわれるという状態になりました。授業は5回で、そのうち4回がゆかたの着付け、最終回が日本髪結髪実習としました。指導体制も緻密なものとし、ゆかた着付けを練習した学生たちを多数バイト雇用して受講者10名にひとりずつ配備し、さらにはプロの着付け師もバイト雇用して指導にあたっていただきました。これは前期の授業でしたが、後期には引き続ききもの文化について学ぶ授業を設けて引き続き受講する形としました。
この授業は高橋裕子の京都大学への転勤によって2013年で終了しました。

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「ゆかたと日本髪実習」 ゆかたや帯、紐、伊達締め等のたたみ方

「ゆかたと日本髪実習」帯結び 変わり結びと立ち振る舞い

「ゆかたと日本髪実習」壇上でのモデル着付け